10233円 壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。 YKKAP ルシアス 窓手すり 2型 【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。 医薬品・コンタクト・介護 介護用品 移動・歩行支援用品 手すり 壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合 厚壁用ネジが別途必要となります 大好評です YKKAP ルシアス は下記のまとめて購入よりお選びください 160 窓手すり 2型 厚壁用ねじ 10233円,/braguette253458.html,inaccord.co.uk,W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。,壁付けタイプ,2型,ルシアス,YKKAP,【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。,窓手すり,医薬品・コンタクト・介護 , 介護用品 , 移動・歩行支援用品 , 手すり 壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合 厚壁用ネジが別途必要となります 大好評です YKKAP ルシアス は下記のまとめて購入よりお選びください 160 窓手すり 2型 厚壁用ねじ 10233円 壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。 YKKAP ルシアス 窓手すり 2型 【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。 医薬品・コンタクト・介護 介護用品 移動・歩行支援用品 手すり 10233円,/braguette253458.html,inaccord.co.uk,W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。,壁付けタイプ,2型,ルシアス,YKKAP,【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。,窓手すり,医薬品・コンタクト・介護 , 介護用品 , 移動・歩行支援用品 , 手すり

壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合 厚壁用ネジが別途必要となります 大好評です YKKAP ルシアス は下記のまとめて購入よりお選びください 160 窓手すり お得なキャンペーンを実施中 2型 厚壁用ねじ

壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。 YKKAP ルシアス 窓手すり 2型 【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。

10233円

壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。 YKKAP ルシアス 窓手すり 2型 【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。











壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合、厚壁用ネジが別途必要となります。 YKKAP ルシアス 窓手すり 2型 【160】【厚壁用ねじ】は下記のまとめて購入よりお選びください。

2021年10月 4日 (月)

エットレ・バスティアニーニ協会の年次大会

エットレ・バスティアニーニ協会の年次大会に出席した(フィレンツェ、フィレンツェ5月祭劇場、フォアイエ、2021年9月18日)。会のタイトルは「フィレンツェにおけるエットレ・バスティアニーニの輝かしい歳月」。

このご時世なので、劇場に入る時にはグリーンパスとパスポートを見せる。入り口に消毒液も用意されている。フィレンツェでオペラと言えば、もっとも古いのはペルゴラ劇場で、今は演劇に使われ、時々、バロック・オペラに使用されているようだ。バスティアニーニが活躍した1950年代、60年代はテアトロ・コムナーレで歌っており、それはつい最近2014年ごろまで使用されていた。

今回の会場は、新しい劇場で、二階のフォアイエが協会の年次大会の会場だった。

エットレ・バスティアニーニは、1922年シエナ生まれのバリトン歌手である。最初は、バス歌手としてデビューしたのだが、バリトンに転向し、スカラ座やウィーン、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(これも現役のではなくて、彼が歌ったのは前の劇場)で大活躍をしたヴェルディ・バリトンである。しかしキャリアの絶頂で、咽頭癌に冒され、声を保つことを優先し摘出手術はせず、1967年に44歳の若さで亡くなった。彼の演奏は、ロンドンやドイツ・グラモフォンのほかかなり多くの海賊版(ライブ演奏)が残されている。日本では、東京文化会館で《イル・トロヴァトーレ》のルーナ伯爵をデ・ファブリティースの指揮で歌い、翌々年には単独来日し、リサイタルを各地で開き、レコードも岩城宏之の指揮及び三浦洋一のピアノで残している。

彼の声は鋼の強さとヴェルヴェットの柔らかさを持つと言われ、曲想によって全く異なる声の色を使い分けていた。彼はヴェルディを深く尊敬し、日本に来た時も、小さな肖像画を携帯していたと言うエピソードは有名である。

さて当日の会は、フィレンツェ五月祭の文化推進担当ジョヴァンニ・ヴィターリ氏の司会でミニ・シンポジウムの形で進行した。

ヴィターリ氏は、司会役を兼ねていたが、基調講演に相当するスピーチで、バスティアニーニのキャリア、とくにバスからバリトンに転向してからのキャリアの最も重要な一歩が、フィレンツェでロシア・オペラを歌ったことだと紹介した。バスティアニーニは1952年にチャイコフスキーの《スペードの女王》(イタリア初演だという)、プロコフィエフの《戦争と平和》、そしてチャイコフスキーの《マゼッパ》を歌っている。《スペードの女王》は、チャイコフスキーがフィレンツェ滞在中に執筆した作品であり、まさにフィレンツェと縁が深い。この時の指揮はロジンスキーで、ユリナッチとの共演であった。

続いてヴァレリオ・パーネ氏(音楽評論家、オペラ演出家)がそのロシア・オペラでのバスティアニーニのデビューの意義について論じた。1952年の《スペードの女王》でバスティアニーニはイェレンスキー役を歌ったが、声だけでなく解釈が成熟しており、かつモダンな歌唱であった。この時の演出は、タティアーナ・パヴロヴァで、彼女は革命でロシアを逃れイタリアで演劇界にはいり、演出家が劇全体のコンセプトを統一していくやり方をイタリア演劇に導入したと言われているが、この《スペードの女王》ではじめてオペラ演出をてがけ、バスティアニーニはその指導を受け、大きな影響を受けたと言われている。この時期に、ロシア・オペラが3作続けて上演されているのは、当時フィレンツェ5月祭の芸術監督だったフランチェスコ・シチリアーニによる選択だそうだ。

 レコード録音では1957年にポンキエッリの《ジョコンダ》(バルナバ)や《カヴァレリア・ルスティカーナ》を録音している。かと思えば、バスティアニーニはベルカントものも上演、録音しており、パイジェッロおよびロッシーニの《セビリアの理髪師》はどちらも歌っている。

 ここでフィレンツェの副市長(女性)マリア・フェデリカ・ジュリアーニ氏の挨拶があった。この日はG20(農業大臣)がフィレンツェで開催されており、かつ4つのデモもあって、市長が来る予定が来られなくなったとのことであった。

 フィレンツェ市は、フィレンツェ五月祭を推進するとともに、過去の五月祭で活躍した人々の業績を振り返ることも並行してやっていくとのことであった。

 次の報告者はピエロ・ミオーリ氏でこの人はボローニャのコンセルバトリオの教授で、バスティアニーニ協会の大会に何度も参加している。彼はバスティアニーニのヴェルディ歌唱について述べたのだが、前提条件ともなるところについて2つのことを指摘した。1つは、最近はヴェルディの作品のクリティカル・エディション(批評校訂版)が出来て、細かく表情記号が書いてあったりするが、1950年代、60年代に劇場で使用されていた版を見ると、クリティカル・エディションにpまたはpp と書いてあるところに何にも書かれていないことがよくあるという。だから、1950年代、60年代の歌手が楽譜を無視していたのではなくて、エディション自体が違っていたということなのである。また、もう一つのエピソードは、演奏者の自由についてだ。1866年にパリで《ドン・カルロス》が上演されそれほどの大好評でもなく、イタリア語版を作ってボローニャで上演した際には大好評であった。その時にアントニオ・コトーニというバリトンがロドリーゴを歌った。コトーニは後に教師となってジッリやティタ・ルッフォなど錚錚たる人に教えた。彼が 'per me giunto' の部分の舞台稽古をしている時に、ヴェルディが僕はそうは書いていないよ、というと、コトーニはでもマエストロ、舞台ではこう歌ったほうが良いと思いますが、というと、ヴェルディは、その通りだね、今回は君が正しい、と言ったというのである。作曲家が書いた楽譜は尊重せねばならないことは言うまでもないのだが、一定の解釈の自由がある、というのがミオーリ教授の主張である。バスティアニーニの場合、当時の版に書いてあることは、非常に細かいところまで数学的なまでに忠実にバスティアニーニは歌っているという。三連符やトリル、装飾音など非常に忠実であるというのだ。

 そのうえでさらに、言葉の問題を指摘していた。言葉が大事だと言うのは誰でも言うのだが、単語レベルではなく、フレーズのレベルで、前の単語が次ぎの単語に、さらにその次の単語につながっていくときに影響を及ぼすのだが、それをフレーズとして歌うことにバスティアニーニやカラスは優れていた。フレーズの中で、音程が上がっても下がっても音色が変わらない。高音に関しては、i や u で高い音を歌うのはつらいので、カラスの場合、《Pirata》で tenebre oscura という原文を tenebre fonda に変えていたという。

  最後はアレッサンドロ・モルミーレ氏で彼は音楽評論家である。バスティアニーニの同時代の批評家のロドルフォ・チェレッティがなぜバスティアニーニの歌唱に批判的であったかを解説してくれた。チェレッティは19世紀以来の伝統的な歌唱法をよしとしていたので、バスティアニーニのヴェリズモ的でかつモダンな歌唱を評価することができなかったのである。だからチェレッティは、1950年代半ばにフィレンツェで録音されたドニゼッティの《ファヴォリータ》(アルフォンソ11世、シミオナートと共演、指揮エレーデ)、《リゴレット》(タイトルロール、指揮ガヴァッツェーニ)のどちらも手厳しい批判をすることしか出来なかったのである。

 歌い方は時代とともに変化する。しかし、過去の歌手がモデル、規範になることはあるわけで、ルカ・サルシなどはバスティアニーニへの敬愛を公言している。

 ごくごくかいつまんで報告を要約した。このかいつまんだ要約からも、これが単なるファンクラブの集まりというものとは質を異にすることがお分かりいただけよう。しかも会員はむしろ音楽を専門とするのではない人がほとんどなのである。イタリアのオペラ愛好者の裾野の広がりと、愛好するという時にたんに好き、嫌いというだけでなく、きちんと論じて、歴史的に位置づけていくという意志の強さを感じる。

 来年は、バスティアニーニ生誕100年の記念すべき年である。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月20日 (月)

コロナ時代のキス

コロナ時代のキスを目撃した。コロナ時代のキスという言い方も妙なものだが、これまでに目撃したことのなかったものなので、とりあえずこう呼んでおこう。一度はインスブルックで、オペラを観るために劇場に行った時。幕が上がる20分ほど前だったろうか、漠然と前方、舞台の方向を見ていると、60歳前後のカップルがやってきて座ったのだが、女性がいきなりマスクを下げて男性にキスをし、またマスクをつけた。劇場の客席であったし、わざわざマスクを下げて、キスをするという能動性が衝撃的であり感動的でもあった。彼らがどこから見ても若者でないことも。それでも家またはホテルに帰るまで我慢できない、と言うことなんでしょうね。

もう一つ。フィレンツェには近年トラム(路面電車)ができた。市の中心部と空港を往来する市電である。そこに2人の10代とおぼしき若者が座っていたのだが、トラムに乗る時は誰もがマスクをしている。彼・彼女もちゃんとマスクをして何か熱心に話していた。男の子がマスクをしたまま、女の子のマスクにキスをした。これは定義によってはキスと言えるのかどうか微妙だ。触れ合っているのは、彼のマスクと彼女のマスクであり、二人とも唇は出ていない。しかし気持ちから言えば彼・彼女はキスをしているのだと思った。それから数分後彼はまた同じ行為を繰り返した。彼女もそれに応えていた。

個人差があることは認めた上で言うのだが、日本人よりドイツ人、さらにイタリア人はボディ・ラングエッジを日常的に使う、いや使っていた。それがコロナで自由に使えなくなった不自由さは僕ら以上に痛切なものがあるのだと思う。だからマスクをつけている、つけることが求められる空間で、そのルールを突き抜けて愛の表現が新たに生まれている、そこに新鮮な驚きを感じた。

 

| | コメント (0)

《カルロ・イル・カルヴォ》その3

ポルポラ作曲のオペラ《カルロ・イル・カルヴォ》について補っておきたいこと(バイロイト、辺境伯劇場)。

《カルロ・イル・カルヴォ》は昨年及び今年の上演で音楽的に極めて聞きごたえがあるものであることは、全てのオペラ・セリアに興味ある人の耳に明らかになったと思うが、ツェンチッチの演出は考えぬかれ、それがままあるように音楽とは無関係にリブレットの字面から思いついたという次元のものではなく、音楽と歌唱の表現と演出が抜き差しならぬ関係になっている部分がある。

 ツェンチッチの演出の場合、もっとも演劇的にやりがいのある役はアスプランドだろう。アスプランドは冒頭からロッターリオの意を受けて政治工作をするのだが、相当な策士で色仕掛けを次々にするジュディッタをも信用させてしまう。すっかりロッターリオの側の人間かというと、ロッターリオに自分からキスをしてこれまた彼を夢中にさせる。ロッターリオとアスプランドが睦あう様子を、ロッターリオの妻(モック)が見てしまう。これがツェンチッチ演出の1つのポイントで、大詰めに近いところで、妻がアスプランドを射殺する。ロッターリオは駆け寄り、アスプランドを抱きかかえ嘆く。そして改心するのだ。原作ではロッターリオは、息子アダルジーゾ(ファジョーリ)がカルロを助け、「無実の者は天が助けるのです」などと言うのを聞いて改心するのだが、それでは空々しいと演出家は考えたのだろう。今回の上演では、愛するアスプランドが死んでしまって現世のはかなさを思い知ったロッターリオが改心すると言う仕掛けになっている。原作の方がはるかに美徳の勝利という色合いが強いわけだ。

ツェンチッチは、そもそも時代を中世から1930年代のキューバに移し、多少のオリエンタリズムを匂わせながらも、より卑近な物語に仕立てていると言えよう。

そう言った枠組みの中でファジョーリ演じるアダルジーゾはどう描かれているか。アダルジーゾは、ここでカルロを殺してしまえば(見殺しにすれば)王位が自分に確実に回ってくるという場面が複数回あるのだが、いずれも何の迷いもなくカルロを助けて、こんなことで王位をもらっても恥ずかしいだけではないか、と父ロッターリオを説教する人物だ。ある意味では徳の高い人物だが、ある意味では全く権力闘争を理解しないナイーブな人物である。権力闘争に邁進する父との関係がうまくいくはずはなく、彼はある種の適応障害を起こした人物として描かれているし、だから一幕の退場アリアでも過呼吸に苦しんでいる。最初に見た時には、ファジョーリの演技がずいぶんぎごちない感じがしたのだが、よくよく見れば、人生や周りの人々の過剰にアグレッシブな生き方についていけない人物として造形されているから、ぎごちないのが当然の帰結なのだ。また、このオペラでは第三幕4場で奇跡のようにロマンティックな愛の二重唱がある。アダルジーゾとジルディッぺ、つまりファジョーリとレジネバの権力闘争からは隔絶された愛の二重唱である。ロマン主義を100年先取りしてこの甘美なドゥエットが成立したのにはいくつかの条件がある。第一はそれに相応しい音楽をポルポラが書くことができ、それを現代に蘇らせることのできる歌手と指揮者とオケがいたこと。第二は、台本に関わることで言えば、アダルジーゾが権力闘争に対してアレルギーを起こしている適応障害的人物であること。それに加えて第三には、アダルジーゾはこの場面の冒頭で囚われの身で、それをジルディッぺがやってきて解放するというストーリーなのだ。主要登場人物が囚われの身というのは、バロック・オペラには実によく出てくるシチュエーションだ。ヴィンチの《アルタセルセ》もそうである。外界から隔絶された状況だから、ふとその時代を超えた理屈がそこでは生きる。しかしそれは一瞬の夢のような空間・瞬間だ。他の者がなだれこんで来ると壊れてしまう。ある意味では特権的勘違いの空間・瞬間なのだが、ロマン主義が蔓延ると、この勘違いが世を覆い尽くしてしまうわけである。

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月14日 (火)

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》その2

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》を観た(バイロイト、辺境伯劇場)。

《ポリフェーモ》の上演2日目であるが、これが今年のフェスティヴァルの最終演目でもある。昨日のファジョーリのガラコンサートで帰ってしまった人、グループもいたが、この日の上演も大変質が高かった。ポルポラの音楽は、《カルロ・イル・カルヴォ》もそうであったが、主役以外にも聴き応えのある曲があって、それはちょっと聴くと地味なのである。繰り返し聞くと味わい深くなってくる。

 ポリフェーモに与えられたアリアなどはオケがトゥッティの連続で独特の響き、味わいを出している。一方、アーチの 'alto Giove' や続くアジリタの続くアリアを聴くと、ファリネッリはどんな風に歌ったのかと思わずにはいられない。

  

 

 

 

 

| | コメント (0)

フランコ・ファジョーリのリサイタル

フランコ・ファジョーリの《ヴィンチ・ガラ》と題するリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)。

現在、視聴可能です。https://www.bayreuthbaroque.de/events/franco-fagioli-de/?fbclid=IwAR26Mh9K9SFT1gp83ep0F1iwoOTru_kOZhDpLCwgKOnQ1u4rB1wbJLPLh0k

ポルポラのライバルだったオペラ作曲家レオナルド・ヴィンチのアリアをファジョーリの歌、ペトルーの指揮アルモニア・アテネアの伴奏で聴く一夜だった。間にヴィンチのオペラのシンフォニアや、ヘンデルのコンチェルト・グロッソが挟まれていた。

ヴィンチのアリア集は、ファジョーリがポモドーロと一緒にCDを出しているが、それとは別の響きがする。一言で言えば、ポモドーロの伴奏のほうが流麗で歌ともピタッと合わせてくる。一方、ペトルーの場合は、音楽を立体的・構築的に築いてくるので、アクセントをつける瞬間にエネルギーが炸裂したり、そこに向かってエネルギーが蓄積していく様が見えるという醍醐味がある。

アリアの出だしのタイミングなどはポモドーロの方が見事に合う。これだけ違うタイプの演奏であることで、ヴィンチの音楽の可能性が拡大されて見えてくるとも言えるだろう。

曲目は最初が《セミラーミデ・リコノシュータ》のシンフォニア。次が《ジスモンド》のアリア'Quell'usignolo ch'e' innamorato'

《アルタセルセ》のアリア’Fra cento affanni e cento' ここでヘンデルのコンチェルト・グロッソop3 No1 HWV312. ヘンデルのコンチェルト・グロッソはオペラと比してやや間延びした演奏が多いのだが、ペトルーの演奏は退屈するところがまったくない。歌わせるところはたっぷり歌わせ、進むべきところは脇目も振らずに進む、といった感じか。

 次が《シロエ》のアリア’Gelido in ogni vena' これなどはポモドーロの伴奏とペトルーが相当に違っているので聞き比べると面白いだろう(コンサートの方は現在、配信されているので視聴が可能、上記のサイトをご覧ください)。前半最後が《セミラーミデ・リコノシュータ》のアリア’In braccio a mille furie'

後半は《Medo》のアリア'Sento due fiamme in petto'  《Gismondo》のアリア’Nave altera'

再びヘンデルのコンチェルト・グロッソ op.3 No2, HWV 313.  続いて《Catone in Utica》のアリア'Quell'amor che poco accende',

《Artaserse》のシンフォニア、ついで 'Vo solcando un mar crudele' この曲はやはりファジョーリのイコン的アリアだが、テンポは遅めなのだが歌うのは難しそうだ。この曲で締めたあとは、アンコールでヘンデルのアリアを二曲歌い、もう一度この 'Vo solcando' を短いバージョンで歌い演奏会を閉じた。

今更ではあるが、ファジョーリが特別なカウンターテナーであることを感じる。アリアの一曲、一曲の彫琢の確かさ、テンポもオケに引きずられたり、リタルダンドで遅くなりっぱなしなどということは決してない。いや、何よりヴィンチの曲の特徴でもあるがアジリタを聴かせつつ叙情性が高まっていく切迫感をこれほど聴かせる演奏はちょっと他には想像しにくい。だから装飾音をふくめて彼は一音一音の音色までコントロールしようとしているし、ほぼそれに成功しているのは驚異的なことだ。

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月11日 (土)

オルリンスキー、リサイタル

オルリンスキーのリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)

《Anima aeterna》(永遠の魂)と題されたリサイタルを聴いた。オルリンスキー自身が時々司会をするのは、先月のオーストリア、インスブルックでの演奏回と同じなのだが、曲目がまったく違うのは立派。本人によると、Anima aeterna と題するCDを録音したところで、その中には世界初録音がいくつもあるので、今日皆さんは、世界で初めて聞く曲がいくつもあります、と言っていた。

作曲家はJanez Krstnik Dolar (1620頃ー1673)、Georg Reutter der Jungere (1708-1772), Antonio Lotti (1667-1740), Francesco Bartolomeo Conti (1681-1732), Francisco Antonio de Almeida (1702-1755), Gaetano Maria Schiassi (1698-1754), Baldassare Galuppi (1706-1785), Bartolomeo Nucci (1695-1779). 17世紀から18世紀前半の様々な作曲家の器楽曲(Dolar, Galuppi) と宗教的歌曲を集めたもので、スローなテンポなものと早めのテンポのものをほぼ交互に歌っていた。

オーケストラはポモドーロなのだが、インスブルックの時とコンサートミストレスとチェロが違うのに気がついた。インスブルックのプログラムにはZefira Valovaの名前が音楽監督として明記されており彼女が音楽をリードしていく部分があり、それに呼応してチェロやコントラバスも時に積極的なリズムを刻んでいた。ほんの零点何秒かそれ以下の違いでも、通奏低音が前に出たりするとリズムの動きとしておっという感じになるし、適切な場合には音楽が活性化する。インスブルックではミナージ(指揮者のミナージの弟)がチェロだったが当日は違う男性であった。またZefira Valova もいなかった。あとである方に教えていただいたのだが、Valovaとミナージは夫婦なんだそうである。知らなかった。それはともかく、この二人がいるときといない時ではポモドーロのサウンドが異なっていて、一言で言えばアンサンブルは例によってピタっと合っているのだが、大人しい控えめな伴奏になっていて、自分から仕掛けるという場面が少なくなっているのだった。ずっと古楽の高いレベルの演奏を聴いているとわれながら途方もなく贅沢な耳になっていると思う。スポーツでもオリンピックやワールドカップなどを見続けていると、高いレベルの技に見慣れてしまうのと似ているかもしれない。自分が出来る出来ないはまったく無関係である。しかし、見慣れれば、こちらの選手の方が上手いとわかってしまうわけで、逆に言えばそういう面がなかったらその競技をする人しか楽しめないということになって観客層はとても狭いものになってしまうだろう。

音楽も同様で、一つか二つの楽器をやった経験はある人が多いと思うし、まあ自分の習った楽器の方が技量の細かいところまで判るということはあるけれど、オーケストラのすべての楽器を習い、声楽、指揮、演出をやり、リブレットも書いたことがある、などという人はごくごく稀に違いない。しかしそうでなくても楽しめるからこそのオペラであり、コンサートであり、リサイタルなのだとも思う。

後半はヴィヴァルディの Beatus Vir (Psalm112) RV795 これなどは、宗教曲なのだが、結構アジリタを聴かせる部分がある。Giuseppe Antonio Brescianello (1690-1758)の Ciaccona a 6 in A-Dur 器楽曲。Johan Joseph Fux (1660頃ー1741)、Davide Perez (1711-1778)で最後はヘンデルの Amen, Alleluia. Antiphon in d-Moll HWV269. 

アンコールでは前半のSchiassi のMaria Vergine al Calvario 'A che si serbano'を歌った。

オルリンスキーはデビュー当時はともかく最近は、17世紀のものや宗教曲に傾斜しているように見える。たしかに比較的ビブラートが少なく、ドラマティックというよりはリリカルな声質にあっているのかもしれない。ないものねだりで言えば、音程が少しあやふやなところがパッセージ途中に時々みられるのだった。

しかし宗教曲がかび臭いものではなくて、同時代のオペラと同様の語り口を持っていて、結構スイングしたりノレる音楽であることを示しているのは素晴らしいことだと思う。これもまた、17世紀、18世紀の音楽に対するわれわれの認識をポジティブに上書き更新してくれる営みだ。

 

2色選/ベリーダンス衣装/上下セット+ 腰巻き/3点セット/スパンコール/コスチューム/レディース/ 演出/高級感/社交ダンス/ダンス服 /ストレッチ/お洒落 2色選/ベリーダンス衣装/上下セット+ 腰巻き/3点セット/スパンコール/コスチューム/レディース/ 演出/高級感/社交ダンス/ダンス服 /ストレッチ/お洒落お取り寄せ商品のため YKKAP iQOS ※土日 :90g 4580492342377 窓手すり バッグなどに取り付けられるキーホルダー付きで便利に持ち運ぶことができます - キーホルダーとキーフック付きストラップ部分には 本革の洗練されたミニマルデザイン 遅延となる場合がございます 関連商品■navy■pink■black 本商品の出荷目安は HANSMARE 祝除く 厚壁用ネジが別途必要となります W5.8×H11.8×L4.7cm 2.4 壁付けタイプ 長くお使いいただけます ■商品仕様 パソコンや環境により実際の商品と多少色味が異なる場合がございます :HAN9235 本体重量 ■商品スペックHANSMARE ハンスマレ 6229円 iQOSレザーケース iQOS本体とカートリッジボックスが一緒に収納できるジャストサイズのケースです 実際の商品のお色は商品単体の画像をご確認下さい 160 TS1539 本革仕立ての洗練されたシンプルなデザインのiQOS お客様のお使いのモニター ■サイズ ネイビー バッグやベルトに着けるなど 天然牛革を使用したiQOS専用ケース 内部で本体が動くことなく 型番 当ページ シンプルで高級感のあるミニマルデザインに仕上げました キーホルダーとキーフックが付いています 同梱区分が Plus と記載されていない他商品と同時に購入された場合 対応機種:iQOS 製造元:PYSKON 6営業日 ブランド:HANSMARE 4580492342353 アイコス本体とヒートスティックカートリッジを収納でき Janコード となります CASE 配送についての注意事項 ピンク ※商品の色味について 自分好みの使い方ができます 破損や傷からしっかり保護します 丈夫な本革を使用しているので 稀にご注文入れ違い等により欠品 iQOS本体とカートリッジボックスを一緒に収納iQOS本体とカートリッジボックスを中に一緒に収納できます 素材:牛革 ブラック 本革の洗練されたミニマルデザイン本革本来の美しさをそのままに 原産地:韓国 色違い 商品名:iQOS インターナショナル 沖縄 iQOS専用 iQOS専用でジャストフィット設計iQOS専用にジャストフィットサイズに設計されています W1640mm壁厚37~56の場合 メイン画像はイメージです は 2 HAN9237 です LEATHER ■送料 離島への配送はできません カラー 発売元:株式会社ロア アイコス 本商品は同梱区分 専用ケースです サイズ 厚壁用ねじ support@roa-international.com ■商品内容HANSMARE ブラック人気のアイコスもタバコがぴったり収納できる 2型 4580492342360 カートリッジボックス側にはゴムバンドがあります 梱包や配送が分かれます ルシアス の ※製品の仕様は改良などのため事前予告なしに変更することがあります 手になじむごとに自分だけの個性を引き出せます は下記のまとめて購入よりお選びください HAN9236 本商品は仕入元より配送となるため【送料無料】業務用・店舗用家具メーカー直送の高品質な家具をご家庭でも 【フレームカラー2色:NA/JB】和風木製スツール・チェア (ヒノエ)HINOE クレス(CRES) 脚カット可能 [和食・居酒屋・飲食店]BAG 厚壁用ねじ 税込み 6391円 衝撃や傷などに気をつかうヘルメットの持ち運びがスマートに行えます ■メーカー:Sparco スタンダード 160 :ブラック×グレー■適合 ヘルメットバッグ SPARCO 窓手すり HELMET ヘルメット本体はもちろん スタンダード■カラー 厚壁用ネジが別途必要となります 424円 W1640mm壁厚37~56の場合 YKKAP 2型 は下記のまとめて購入よりお選びください スパルコ■モデル ルシアス 予備のシールドやライセンスなどの小物を収納するスペースを確保しています ほぼ全てのヘルメットを収納可能なスパルコ製ヘルメットバッグです スパルコ 壁付けタイプ Sparco :ヘルメットバッグ :汎用■メーカー希望小売価格:8QMI SX-8000 エンジントリートメント 1000ml (PTFE 金属表面コーティング剤) [1.通常在庫商品 2.北海道.沖縄.離島への出荷は行えません]使用は行わないでください 2000年~2007年VOLVO カップ部:ブラック 生産国 日本■仕様 必ずお読みください-商品コード34039119607商品名アルカボ 2014年~2016年LEXUS AMG ■適合車種 W205 BMW 2008年~2015年 2017年~BMW 使用上の注意■走行中の強振動や人為的■荷物等で押されますと外れる場合がありますのでご注意ください その際は AUDI iPod ガレージシャッターのリモコン 2005年~2011年AUDI BENZ C70 Mercedes-Benz 左ハンドル車用 S205 8U = LEXUS YKKAP G01 品番:AL-B107B ブラック 2014年~2016年BMW C30 2.シンプル■デザイン採用 柄無し 2017年~MAZDA ドリンクホルダーとしても対応可能 カップを選ばない 材質 2007年~2016年VOLVO 2016年~MAZDA ■適応車種以外の車両に使用しないでください ペットボトル V60 窓手すり 2017年~VOLVO 純正インテリアにも違和感なく溶け込む マルチポケット S60 ご注意 X3 右 S213 MERCEDES 車種別設計でセーフティドライブをサポート 厚壁用ねじ 2004年~2012年VOLVO ガブリオレ クーペ C6 視界 6 梨地柄 置き場所に困るスマートキーや MASERATI KE系:後期型 2012年~ 操作に影響のないベストポジションを可能にしたアルカボ■シリーズ ルシアス ベース部:ブラック■ポリウレタン A238 破損の原因になります 2007年~2013年VOLVO 内径:74mm ■サイズの合わないボトルや缶を無理やりに差し込んだりしないでください 純正カップホルダーに製品ボディを差し込むだけの簡単装着 商品紹介アルカボ 2008年~2016年Volkswagen 2019年~MERCEDES VOLVO型番AL-B107B※他モールでも併売しているため 2型 レヴァンテ GYL2#W 2014年~BMW 携帯電話をはじめ 2011年~2018年VOLVO V50 V90 は下記のまとめて購入よりお選びください 缶 厚壁用ネジが別途必要となります 2003年~2015年Volkswagen ワゴン RX クロスオーバー アテンザ 2016年~■商品の特徴1.視界 2012年~2019年MAZDA 日本 iPhoneやスマートフォン AGL2#W Vクラス 2009年~2017年VOLVO VOLVO GJ系 2017年~MERCEDES C238 壁付けタイプ Sharan 2016年~Volkswagen 別途ご連絡させていただきます 携帯ミュージックプレーヤー等も楽々と収納 シリーズ シンプルかつ高級感のあるデザインを採用 A6 ALCABO 免責 GGL2#W 前側用 X204 V70 R60:後期型 純正ポケット 5. 2015年~Volkswagen スポーツドライビング時でも運転操作を邪魔することなくセーフティドライビングをサポート S80 C253 2011年~2019年VOLVO 操作に影響のないベストポジション設計 7N Cクラス 2015年~ X253 W447 GLC インテリアに自然と溶け込む高品質と S40 XC60 8R C205 5T V40 GLK i01 カップホルダー アルカボ VW S90 Q3 セダン 4. 3. GLCクーペ カップ部:ブラックABS Eクラス 1TC カーナビゲーションのリモコン等の収納にも最適 Q5 2016年~BMW ペースマン KF系 開口部の容量を大きく採ることで 2010年~VOLVO ポリウレタン ABS樹脂 i3 Touran 2015年~2017年MAZDA XC70 W213 W1640mm壁厚37~56の場合 2014年~MERCEDES 2008年~2017年BMW XC90 タイミングによって在庫切れの可能性がございます ■商品の仕様■生産国 内径:73mm 安全警告■本製品を改造しての取り付け 2016年~MERCEDES A205 2013年~2019年VOLVO MINI クラブマン Tiguan CX-5 MAZDA R61:後期型 F54 160 ベース部:ブラック 5N 純正ポケット:後側用 7995円【最短で翌日お届け。通常24時間以内出荷】 【中古】 宇宙を味方につけて成功する方法 あなたの、その願望は実現する! / 村山 幸徳, 秋田 稲美 / 大和出版 [単行本]【ネコポス発送】Point3.夜でも目立って安心 W1640mm壁厚37~56の場合 手洗い※着丈を基準にお選びください リフレクター付きで安心 盲動犬ユーザーさんが着せやすく 壁付けタイプ 前後の安全確保 袖にはゴム入りで 素材:ポリエステル100% 窓手すり 首にフィットするシャーリング加工のハイネックで ペット 水の侵入を防ぎます は下記のまとめて購入よりお選びください カッパ 犬 途中で愛犬がじたばたしても ルシアス サイズ M 企画 厚壁用ネジが別途必要となります そして前足のラインと後ろ足の星のリフレクターで 9240円 ゴー 足抜けも防止 足付き Point1.着せやすい デザイン日本 雨の侵入をガード 男の子のトイレに便利なお腹側ファスナー付き 大型犬 前足が脱げにくい状態に 160 盲導犬支援センターとの共同開発商品 安全に歩行できるように考えました ストレート 落ち着いて後ろ足を入れることができます ペピイ 中国製 足回り PEPPY 頭をかぶせて前足を入れてしまえば 胸回りはワンタッチテープで調整可能 首元のゴム調整は持ち手付きで 暗い道でも安心 :着丈63首回り~62バスト74cm お腹回りはゴム調整でぴったりフィット レインコート 中型犬 着せやすいレインコート 2型 約 厚壁用ねじ 背中のファスナーにも浸水防止のフタ付き 視認性の高いオレンジカラー 盲導犬ユーザーさんわかりやすい 背中ファスナーで着脱ラクラク YKKAP Point2.濡れにくいSLIK 一脚 ライティポッド GX 4段 全高1510mm パイプ径24mm 自由雲台付 217108箱サイズ サイズ 賞味期間 プレゼント ルシアス GEE-100 結婚内祝い 内祝い ギフト 160 W1640mm壁厚37~56の場合 窓手すり 贈り物 箱310×460×55mm 5133円 2型 YKKAP 内容等が変更になる場合がございます お返し 厚壁用ねじ は下記のまとめて購入よりお選びください 九州産どんこ椎茸 デザイン 360日間※メーカー都合により 壁付けタイプ 乾味百撰 2021 ハロウィン 羅臼昆布 引き出物 厚壁用ネジが別途必要となります プレゼントにGATOR ギターエフェクターケース エフェクターバッグ GT-1610-GRY Transitシリーズ エフェクターボード160 :58mm×39m×192mm内容量:1000g毛髪の内部空洞を保湿しながら補修 商品サイズ 軽やかにゆれる美しさ 1000g 内部と表面から保湿して YKKAP シルクのようにさらりなめらかな手触り ヘアトリートメント 厚壁用ネジが別途必要となります 幅×奥行×高さ 6068円 さらさら軽やか 窓手すり うるおいのヴェールをつくります キューティクルを整え毛髪を保護し 表面では は下記のまとめて購入よりお選びください ミルボン 2型 毛先まで均一にうるおわせ レフィル ルシアス W1640mm壁厚37~56の場合 柔らかな髪にします シルキーリュクス 壁付けタイプ 厚壁用ねじ ノイ ディーセス ドゥーエ送料無料 海外直送 コスメ 化粧品 タルゴ Thalgo デフィフェルム クリーム 200ml/6.76oz【海外直送】アウトドア:サッカー #5070935-4949 壁付けタイプ 2型 厚壁用ねじ second ご注文時に外観をご指定いただく事はできかねます ルシアス スポーツ用品等 香水 6682円 外観が実物と掲載写真と異なる場合がございます サイズ:10 フットサル広告文責株式会社ベルモ アトラクト W1640mm壁厚37~56の場合 アウトドア:サッカー ≪送料無料≫ TEL:042-767-2722※リニューアルや商品生産国での仕様違い等で 当社では上記の点をご理解いただいた上でのご注文という形で対応させていただきます スポーツ フットサル:キーパーグローブ 入荷時期により外観が異なる商品が混在している場合がございますが YKKAP REUSCH キーパーグローブ 160 G3 は下記のまとめて購入よりお選びください 30万商品以上取り扱い 窓手すり メーカーまたは輸入元ロイシュ区分 厚壁用ネジが別途必要となります また カラー:Dブルー×Sイエロー フリーゲル コスメ ロイシュ壁掛けアート アートパネル 風景画 ファブリックパネル ウォールアート キャンバスアート/ベテランイラストレーター高橋宣孝による心温まるハッピーアート 壁掛けアート アートパネル 風景画/イラストレーター 高橋宣孝 たかはしのぶたか/イラスト 絵画/風景画 赤い車で別荘に向うイラスト雪景色とツリー約31cm 和の趣きがあるのも良いけれどちょっと個性を持たせて さりげない個性 呉服専門店の主人や女将に愛好家が多く ルシアス 博樹 壁付けタイプ W1640mm壁厚37~56の場合 6283円 井登美謹製 京都室町 絹100%長さ 白鼠色 YKKAP TPO の創業は明治41年 の特選帯揚げ 100年以上の歴史があり 冬 文責:西村 センスの良い仕入とモノ作りに定評がございます 季節 井登美 窓手すり 小物合わせてを洒脱に決めて 正絹友禅柄帯揚げ花唐草ステッチ いつもとひと味違ったオシャレをお楽しみください カジュアル素材 サブ画像をクリックすると拡大画像がご覧になれます 胸元に添える いとみ 約180cm 問いません 秋 160 厚壁用ねじ は下記のまとめて購入よりお選びください 一流和小物問屋 1908年 業界では一目置かれる京都の和小物問屋 お柄にエキゾチックなステッチ風の花唐草文様があしらわれた一枚です 春 異国風のコーディネートはいかがでしょうか 2型 厚壁用ネジが別途必要となります 幅 年代

| | コメント (0)

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》その1

ポルポラ作曲のオペラ《ポリフェーモ》を観た(バイロイト、辺境伯劇場)。

今年のバイロイト・バロック・オペラ・フェスティヴァルの新作である。《カルロ・イル・カルヴォ》は去年が初演だった。

直前まで去年のヴィンチの《ジスモンド》のようにコンサート形式での上演なのか、それとも本格的に舞台も衣装もあるのか気になっていた。実際は、舞台にはいかにもバロック時代の劇場を思わせる遠近法を強調したセットが両脇から張り出しているが、その舞台にオーケストラが乗り、手前で歌手が歌うコンサート形式だった。考えてみれば、数日前には、《カルロ・イル・カルヴォ》であれだけ渾身の演技をしていたレジネバとツェンチッチが《ポリフェーモ》にも出演しているだけですごいことかもしれない。

こちらは演技や衣装がなく、当然モック役もいないので、登場人物はシンプルである。指揮はペトルーでオケがアルモニア・アテネア。

この話は、オウィディウスの変身物語とオデュッセイアからの話が合体している。王(あるいは暴君)のもとに二組のカップルがいる、というオペラの定番に合わせるためにリブレッティスタのパオロ・ロッリがそういう工夫をしたのである。だから、トロイ戦争からの帰還途中のウリッセ(オデュッセウス)が出てくる。

第一のカップル、アーチとガラテアは、初演当時大スターのファリネッリとクッツォーニが歌ったが当日は、カウンターテナーのユーリ・ミネンコとレジネバが演じた。第二のカップル、ウリッセとネレーアは、ツェンチッチと Sonja Runje (メゾソプラノ)。そしてタイトルロールが一つ目の怪物ポリフェーモで、パヴェル・クディノフが演じた。

その日の席はたまたま最前列であったのだが、ここで聴くと歌手の声の音圧がビンビン伝わる。音量が大きければ大きいほど良いという風に考えているわけではないが、事実として言えば、レジネバとクディノフの音圧はすごかった。以前、音量に従って針の振れるアンプを使っていた時に、ソプラノが声を張り上げるとオーケストラよりもピンと針が大きく振れることがあって、マイクが近いせいなのかなどと思っていたが、それもあるかもしれないが、実際、近距離で聴くとこの二人が声を張り上げると耳に刺さるような大音量である。はっきり音圧を感じるのだった。繰り返すが、バロック・オペラで歌手に求めるものは、様式感や様式感を崩さないなかでの叙情的表現であったりして、声が大きければ良いと言いたいわけではない。

話は、一つ目の怪物ポリフェーモ(クディノフ)が、ニンフのガラテア(レジネバ)に横恋慕するが、ガラテアは人間のアーチ(ミネンコ)が好きなのである。それが一組目のprimo uomo, prima donna の歌う役柄、そしてそこにウリッセとネレーアが加わるのだが、ポリフェーモは乱暴なやつで岩を投げてアーチを殺してしまう。ガラテアは嘆き、ジョーヴェ=ゼウスを責める。するとジョーヴェはアーチを川の神に変える。それを感謝するのが有名なアリア「アルト・ジョーヴェ」なのだ。文脈を知って聞くほうがずっと感動的である。一方、ウリッセは知恵者で、ポリフェーモにワインを飲ませ酔っ払わせ、そのスキに目をつぶしてしまう。こうして二組は怪物をやっつけ結ばれ、めでたしめでたしという話である。

通常の暴君プラス2組のカップルが、怪物プラス2組のカップルになっているわけである。カップルも人間ではなくて、ニンフだったりする。例によってポルポラのアリアの作風は様々で、ポリフェーモのアリアはいかにもバスにふさわしいメロディー、音型が出てくる。

役柄にふさわしいアリアが書き分けられているので、それらは実演を何度も聞き込むと、一層明らかになるだろう。今回の上演も配信されているし、CDも来年発売とのことである。

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月 9日 (木)

マルティナ・パストゥーシュカの室内楽コンサート

ヴァイオリニストで指揮者のマルティナ・パストゥーシュカとその仲間による「王侯の音楽」と題されたコンサートを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)。パストゥーシュカは去年、このフェスティヴァルでヴィンチ作曲の《ジスモンド》の指揮・コンサートミストレスを見事に演じていた。Youtube でVinci、Gismondo (カタカナではダメです)で検索するとバイロイトのではないが、彼女の弾き振りが観られます。

劇場に入ると、先日の《カルロ・イル・カルヴォ》の時とはまったく異なった建物の内側を遠近法を強調した感じのセットが組まれている。翌日のオペラ《ポリフェーモ》のためのセットだと思われる。この日の演奏は5人によるものだったが、カメラが五台、舞台上に二台、客席に三台入っていた。これもひょっとすると翌日のオペラ上演撮影の予行演習を兼ねていたのかもしれない。5人の室内楽を撮影しているのだが、舞台上のカメラ二台には移動をなめらかにする脚がついていた。

プログラムはなかなか凝ったというか、珍しいもので、マクシミリアン3世ヨーゼフ(バイエルン選帝侯、1727-1777)が2曲、Michele Mascitti (um1664-1760) が3曲, Johann Pfeiffer (1697-1761). 

選帝侯の作品があるのは面白いが、先日はバイロイトの辺境伯に嫁いだヴィルヘルミーネの曲が演奏された。Michele Mascitti はこの選帝侯の祖父マクシミリアン2世に作品を献呈していてその中の2曲が演奏された。Johann Pfeiffer はヴィルヘルミーネが弟のフリードリヒ大王から紹介され、長い年月をかけてバイロイトへの招聘に成功し、ここで宮廷楽長となり、ヴィルヘルミーネに楽器演奏や作曲を教えもした。

選帝侯の作品は、洒落た主題が出てきて感心した。カノン風の曲もある。ただし、主題がどう展開するのかなあ、というあたりになってぱっと終わってしまい、あっさりと終わるのだった。プロの作曲家ではないから、手の込んだ部分は省略で良いのかと思う。それを専業というかプロの作曲家の作品と比較するのも一興だった。

当日の演奏メンバーはヴァイオリン2人、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロ、テオルボ(キタローネと時々持ち替え)。ヴィオラ・ダ・ガンバの心に訴える音色やそれを活かした曲を聴いているとなぜあるときこの楽器が廃れてしまったのか不思議である。

| ●イベント会場で効果絶大!原稿一枚で簡単にポスターが作れます!●こちらはB1ワイドのサイズです! 大判ポスター B1ワイド 1枚【高性能プリンター出力】(印刷 オリジナル デザイン イラスト 写真 販促 イベント) | コメント (0)

ヘンデル作曲《ユダス・マカベウス》

ヘンデル作曲のオラトリオ《ユダス・マカベウス》を聴いた(バイロイト、Stadkirche).

場所は、町の中心部にある立派な教会である。コンサート形式で、歌手は普通の服(コスチュームではない)。指揮は Bart Naessens. オケはB'Rock ,ベルギーのオケ。合唱がBachPlus こちらもベルギーの合唱団。ユダス(テノール)Benjamin Hulett. ユダスの弟シモン(バス)Pavel Kudinov. イスラエルの女性{ソプラノ)Lucy Crowe の予定が交代した。イスラエルの男性(アルト)はOlivia Vermeulen. 

アリアとレチタティーヴォがあるので、題材は聖書外伝のマカバイ記に基づくとは言え、オペラに近い構成なのだが、やはり教会で舞台なし、衣装なしでやると雰囲気は随分と変わるのだった。一つにはヘンデルの劇音楽でありながら、カストラートを前提としていないので、超絶技巧の曲がない。また、教会で演奏する場合、例によって長い残響があるので、歌詞はほとんど聴き取れない。

バイロイト・バロックのプログラムにはリブレットがドイツ語英語の対訳で掲載されており、かなりの人がプログラムを広げて歌詞を確かめながら聴いていた。僕もそうだ。客席の明かりは落としてないから歌詞を読むのに問題はない。しかし発音を聞き取るのは残響のために至難の業となっていた。あるフレーズが繰り返される場合は例外的にキャッチしやすいのだが。

この曲で思ったことは、これはどんな解説書にも書いてあることだが、この曲の作曲された契機についてである。ジャコバイトの乱、つまり名誉革命でイギリスを追われたジェームズ2世の孫ボーニー・プリンス・チャーリーがスコットランドに上陸して王位を奪還しようと試みたのだが、カンバーランド公爵がこれを打ち破ったことを記念して作曲されたのである。まったくプロパガンダ的あるいは愛国的な政治的な作品である。プロパガンダというと悪いイメージがわく人が多いかもしれないが、これはもともと宣教など思想や宗教を広める意である。プロパガンダにとりわけ悪いニュアンスがこびりついたのはナチスのプロパガンダ相のゲッベルスがあまりに狡猾、効果的、大衆扇動的にこれを用いてある意味で「成功」してしまったことによるところが大きいだろう。

また、戦意高揚や愛国心を駆り立てるための作品なんて、という考えが浮かぶ人も少なくないと思うが、芸術のための芸術という歴史的なパースペクティヴななかでは極端な考えが出てきたのは19世紀後半である。バロック時代には、作品は君主、皇帝、領主あるいはその奥方、あるいはその子供たちの出生、結婚などのために作るというのは、むしろ当然のことだった。聖書を題材にした絵画が、文盲の多かった時代にどれだけキリスト教の教えを広めるのに役立ったかは言うまでもないだろう。

さらに、なかなか複雑な心境にもなるが、プロパガンダのための作品だから作品が優れていないということもない。

ヘンデルの作品に話をもどそう。われわれの感覚からすると結構不思議なのは、この作品のリブレットだ。ヘンデルが自らトマス・モレルに依頼したという。その中身はというと、一言で言えば、ユダス・マカベウスは、異教徒から異教を崇拝するように強要されたが、それに対抗して敵を打ち破ったユダヤ人の英雄なのである。言わば宗教対立のなかの英雄なわけだが、これがどうしてハノーヴァー朝対ステュワート朝の対立のアレゴリーになるかというと、実は理屈は立つ。ハノーヴァー朝がドイツから迎えられたのは彼らがプロテスタントであったからだ。それに対しフランスやがてはイタリアに亡命したステュワート朝は亡命してからは一貫してカトリックである。どちらをユダヤ教に喩えるかは、どちらも理論的には可能なわけだが、ヘンデルの同時代にジョージ2世のもとで暮らす多くの人々にとってはプロテスタントであったわけだ。

18世紀にも宗教改革の余波は、とどろいていたのである。

 

| | コメント (0)

2021年9月 7日 (火)

マッダレーナ・デル・ゴッボのディナー・コンサート

マッダレーナ・デル・ゴッボ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)のディナー・コンサートを聴いた(バイロイト、エレミタージュ宮殿)。

バイロイトの中心から五キロほど離れたところに離宮エレミタージュがある。

ディナー・コンサートというものをどうやるのか、ということに興味もあった。主催者や場所によってそれぞれであろうが、今回は、そもそも3回に分かれている(密を避けるためか)。6時の回と7時半の回と9時の回である。

6時の回に行くと、その宮殿のテーブルの並んでいる部屋に案内される。どこで演奏をするのかと尋ねると別棟だという。つまり客が食べながら演奏するのではなく、食べ終わって別の棟というか部屋に移動して演奏会があるのだった。よかった。

一人で座っていると、親切にカールスルーエから来たという紳士が相席してくれ、カールスルーエのへンデル・フェスティバルや今回のバロック・オペラ・フェスティバルについて楽しく話しが出来た。前のことだったので忘れていたが、切符を買うときに、コースを選ぶようになっていて、僕は好奇心からベジタリアン・コースを選んでいたのだが、肉のコースもおいしそうだった。思ったより本格的レストランだったのだ。前菜、メイン、デザートである。

演奏会のある別室は狭いのだが、天上か円錐状(トンガリ帽子状)になっていて、残響音はたっぷり。マッダレーナ・デル・ゴッボのヴィオラ・ダ・ガンバ、アルベルト・ブゼッティーニのチェンバロ。

フランツ・ベンダ(1709ー1786)のソナタヘ長調。ベンダはもともとフリードリヒ大王のもとにいて、王の姉ヴィルヘルミーネの侍女と結婚したというので、バイロイトとゆかりの深い作曲家である。

次が Carl Philipp Emanuel Bach (1714-1788)のソナタト短調。Wq88. 彼もベルリンの宮廷礼拝堂でチェンバロを担当していた。C.P.E.バッハの曲は最近、僕にはとても興味深く響く曲が多い。この日の演奏でも、主題に半音階があり、また途中でヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの不協和音が何度も鳴る。かと思うとエレガントな世界に戻っていく。この日の作曲家は3人ともフランス革命の直前に亡くなっているが、時代のきしみのようなものをどこかで感じ、それを表現することもあったろうか。などと想像をめぐらすことをうながされる音がある。

最後のCarl Friedrich Abel (1723-1787) ソナタホ短調、WKO150。これも最後の方で、低弦を弓いっぱいに使って鳴らすところが数回あって、単にエレガントとは言えない世界がぬっと姿を現す。アベルは、最後のヴィオラ・ダ・ガンバの名人だったと言われる人で、ロンドンに行ってバッハのもう一人の息子J.C.バッハと出会い、二人でコンサートを催している。そこへ8歳のモーツァルトがやってきて、アベルの交響曲をコピーしたりしている(そのため長らく誤ってモーツァルトの作品と考えられていた)。

わずか3曲からでもヴィオラ・ダ・ガンバのたどった運命や、バイロイトとの関わりがほの見える知的なプログラム構成である。演奏も、優雅なところと、地の底から湧き上がる低音のコントラストは見事で、長く引き延ばす低音など、まさに力業なのだった。

ディナーおよびコンサートに、ラング氏、ツェンチッチ氏も参加していた。彼はバイロイト・バロック・フェスティヴァルの芸術監督でもあるから、歌手としての出番はオフでも、コンサート類に来ているのである。

 

 

| | コメント (0)

シモーネ・ケルメス、リサイタル

シモーネ・ケルメスの 'Canzonetta d'amore'と題するリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯歌劇場)。

桟敷の一階の一番舞台よりの席。前に述べたように、桟敷は平土間の高さにはなく、その上はバルコニー状になっているので、桟敷の一階は三階くらいの感じである。

ケルメスは Amici Veneziani という彼女が設立したグループを引き連れて演奏した。このAmici veneziani というのは、ヴァイオリン2人、チェロ1人、コントラバス1人、リュート・テオルボが1人の計5人。曲によってこれで十分と言うときもあれば、ヴィヴァルディなどだとややさみしいと感じることもあった。古楽、バロックの演奏に慣れてきても、5人と10人、10人と20人は違う。10数人いればおおむね十分なのだが、会場にもよるかもしれない。

愛の歌と題されたコンサート、前半は

モンテヴェルディ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ブォナメンテ、ヘンリー・パーセルなどがはいり、またイタリアに戻ってペルゴレージの《オリンピアディ》の 'Tu me da me dividi'  とヴィヴァルディの《グリゼルダ》の'Agitata da due venti' を歌った。

最後の ’Agitata da due venti' は超絶技巧を駆使する難曲として名高く、youtube などでもバルトリの演奏、さらには、バルトリのパロディを巧みに歌うものまで出てくるだろう。ケルメスも相当がんばって歌っていたと思う。彼女の特徴は、バロックを単にお行儀のよい音楽として奏でるのではなく、ポップス的なスイングやノリの良さを加えるところであろうが、ノリノリのところの切れの良さと、通常の部分の様式美の対照が大事なわけである。彼女の場合、途中でロマン派以降のオペラを歌ったことが影響しているのかは不明だが、様式感がややたがが緩み、アジリタの切れが少し衰えを見せていた。つくづく、アスリートや歌手というのはベストの時期が短い残酷な職業だと思った。

しかしこうした先駆者がいたから、バロック・オペラの難曲の魅力が広く知られ、それにチャレンジする若者が増えたのだ。リスペクトすべき存在であるとも思う。

後半はヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》の'Piangero, la sorte mia'. ヴィヴァルディのソナタ’Follia' 器楽曲、カルダーラのMaddalena ai piedi di Cristo から Pompe inutili che il fasto animate ,これはチェロが活躍する穏やかだが味わい深い曲だった。John Eccles が二曲。

ダウランド、最後がRiccardo Broschi のIdaspe から 'Qual guerriero in campo armato' 。オペラから超絶技巧曲を持ってくると、オケが10人いたらなあと思ってしまうのだったー無い物ねだりとは知りつつも。

アンコールは、ヘンデルのリナルドの Lascia ch'io pianga をゆったりとしたテンポでかなりロマンティックに。

 

 

 

| | コメント (0)

2021年9月 5日 (日)

ドロテー・オベルリンガー「辺境伯の家庭・宮廷音楽」

ドロテー・オベルリンガーのリコーダーを中心としたコンサートを聴いた(バイロイト・辺境伯劇場)

オベルリンガーのリコーダー、オルガ・ヴァッツのチェンバロ、アクセル・ヴォルフのリュートである。オベルリンガーは、インスブルックでテレマンのオペラの指揮をしていた人。あの時も指揮台のところで一瞬だけリコーダーを吹いたけれど、今回は主役である。チェンバロのヴァッツに見覚えがあったのでチェックすると、ヴァッツもヴォルフもテレマンのオペラ上演の際にオケの側で演奏していた人たちであった。

会場は、辺境伯劇場で、ピットには譜面台やチェンバロ(2台)が置いたままで、それとは別のチェンバロが舞台に運びこまれていた。オベルリンガーは、大小のリコーダーを7,8本は持ってきていたように見えた。正確な本数は、平土間からは見えないわけだが、ともかく、曲によって使いわけていた。

3人で奏する曲が多かったが、時に、リュートの独奏やチェンバロの独奏もあった。曲目は、前半がテレマン、クヴァンツ、C.P.バッハ、ヴァイス、J.S.バッハ、ここで休憩。

後半は、アダム・ファルケンハーゲン(1697−1754)、J.S.バッハ、ヴィルヘルミーネ・フォン・バイロイト(1709ー1758.辺境伯夫人であり、フリードリヒ大王の姉、オペラまで作曲している)、J.S.バッハのシャコンヌをチェンバロにMortensen が編曲したもの、Michel Blavet (1700-1768).オーベルリンガーは数曲ごとにコメントをいれながら演奏した。

以前にも書いたが、ここでも強く感じたのは、古楽の笛は身体性が高く(メカニズムに頼る部分がモダン楽器にくらべ小さく)、演奏者の息づかい、タンギングが直に音に反映される。また、演奏者の姿勢の変化や他の奏者との目配せや楽器の上下での合図と言ったものが、観るもの聴くものに音楽の勘所を伝えてくれる面が大きい。だから、観た方がずっと面白く、楽しめる。同じくリコーダー奏者のフセックの演奏を観た(聴いた)時も思ったのだが、オベルリンガーもヴィルトゥオジッシマ、超絶技巧を駆使する。音楽的な聞き所であり、何か曲芸を観ているようなスリリングな感じも同時に味わえる。この目にもとまらぬ指の動きも音だけを聞いているよりは目の前で見るほうがエクサイティングだ。オーベルリンガーは、時には、彼女の長い脚をあげて吹いたりもする。曲の終わりには、一瞬口から笛を離して、その笛をスイングして再び短いフレーズを吹いてフィニッシュということもあり、演奏姿も実に格好いいのだ。こうしたものCDだけでなく、DVD,ブルーレイももっと出て欲しいものである。

| | コメント (0)

«ポルポラ作曲《カルロ・イル・カルヴォ》その2